読後感1   

1,カルロス・ゴーン 経営を語る 2003.5.15読  カルロス・ゴーン 日本経済新聞社
 解体の危機的状況にあった日産を見事によみがえらせた男。その経営哲学は「できることをする」にあった。現場に足を運んで、できることを要求した。目標もできる事の積み重ねによって立てられた。彼は確信していた。そして従業員もできることを知って奮い立った。カルロスには日本における人脈も経済的基盤も無かった。それ故に大胆な改革が可能となった。もし彼が日本人の社長であったなら、銀行や政治とのしがらみに逡巡して再建に成功することはできなかったであろう。彼の熱いハートは人種を越えて心に語りかけ、解体の瀬戸際の中でも人を信じることができることを教えてくれた。

2,メガバンクの誤算 銀行復活は可能か 2003.10.11読  箭内 昇  中公新書
 不良債権を抱えて経営危機に陥った大銀行を内部の視点から解き明かす。90年代邦銀の没落は危機意識の欠如した経営風土、すなわち銀行神話によるモラルハザードと、変革を好まない旧守的体質の人事にあったとする著者の主張は自身に置き換えても納得させられる点が多い。高い給与・事なかれ主義の隠蔽体質・顧客不在・内向人事等は大企業に共通した風土だからだ。銀行を含めた公益企業には真の経営者は育たない。いや必要なかったのだ。公益料金等は監督官庁の許可事項であったため、その根回しとコネづくりに長けている人材が必要とされ、顧客や営業への視点が全くと言って良いほど欠落していたのだ。「組織と人事が真の経営者を育成しない仕組みになっていた」という本書は多くの示唆に富む。


3,電力のマーケテイングとブランド戦略 2003.11.20読 青木幸弘・西村陽 日本電気協会新聞部
 時代は電力自由化に向けて着々と進行している。新時代に電力会社はどう立ち向かうのか。競争なき市場に忽然と表れたビジネスという名の挑戦者。販売によって顧客の大切さを学び、マーケテイングの重要性を再認識する事により、経営を変える必要を説く。売る努力の乏しかった時代から、販売中心の180度の転換。社員の意識・風土・人事、そのいずれもが新時代への対応を求めている。

4,年収300万円時代を生き抜く経済学 2003.12.25読  森本卓郎 光文社 
 これからの日本経済が中層階級を崩壊させ、ごく一握りの富裕層と多数の低所得層の二極化を生じさせることを説き、その環境でどう生きるかを問う。著者は田舎暮らしも推奨するが、一人ならいざ知らず多くの低所得者がそれを実行できる土壌があるわけもなく、未来への具体的展望に欠けると言わざるを得ない。それにしても年収300万円時代の到来は、国家破滅の予兆かもしれない。

5,会社を変えた男たち  2004.1.7読  鍋田吉郎 小学館
 ここに取り上げられた25人の男たちは失敗を恐れなかった。いやそれどころか失敗を覚悟で自分の信じる道を歩んだ。失敗したら辞める覚悟で、あるいは打算を捨てて困難に立ち向かった。
 斬新で前例のない提案には常に反対の意見はある。しかし、会社はどんなときにも変わらなければならない。「変わらなければだめだ。」 その強い信念とモチベーションが会社を変えたのだ。25人は皆、仕事に立ち向かう自分が好きだった。誰よりも自分が好きだった。「おれがやるしかない-その思いこみが大切です。」と(株)タカラの池田氏は言う。自分を信じ、攻める姿勢の風土を築き上げる。そのことが会社を変えることにつながると本書は教えている。

6,リンカーン 南北分裂の危機に生きて 2004.1.30再読  井出義光 清水新書
 ゲテイスバーグにおける戦没者追悼式での有名な演説にみられるように、彼はデモクラシーの本質を誰よりも理解していた。それが奴隷解放宣言や第二次大統領就任演説にはっきりとあらわれ、彼の人となりと重なっている。混乱した時代にあって多くの困難な決断をせまられたが、彼は政治が国民のためにあることを片時も忘れなかった。また夫人の嫉妬心が面前で爆発し、大統領として異例の不幸な出来事があからさまになりがらも、強い忍耐心で堪え忍んだ。彼は偉大な政治家であると共に偉大な人間であった。
 第二次就任演説いわく、・・・なん人に対しても悪意を抱かず、すべての人に慈愛を持って、神がわれらに示し給う正義に堅く立ち・・・・またすべての諸国民との間に、恒久的平和をもたらすためにあらゆる努力をいたそうではありませんか。

7、レンズの向こうに自分が見える。  2004.11.10読  野村 訓  岩波書店 
 写真を撮るという事がどういう事なのか。その答えは容易ではない。目的を持って撮る人の中でも、その答えを持っている人は少ない。風景や人物、スポーツなど写真の分野は様々だが、何故に写真を撮るのかと、撮る事がその人にとってどういう事なのかとは、まったく違う意味合いを持つ。写真は誰にでも撮れる。何故に写真を撮るのかと問われれば、多くの人は趣味のため、家族の記録のため、あるいは仕事のためにとすぐに答えは出せるだろう。しかしその写真を撮る事がどのような意味を持つのか。写されたものが何を反映したものなのか。そう問われたとき、明快な答えを持っている人は少ないだろう。
 写真に限らず、人は誰でも自分を理解してほしいと願う。あらゆる行為は自分の存在価値を認めさせる自己顕示的、または自己目的的な行為であり、その結果である作品は目に見える部分と内在して見えない部分とを併せ持つ。内在するその精神的部分は、より深い部分で作者の分身とつながっている。
 人は常に欲している。無意識に欲している。人は本来の自分を抑圧して生きているため、欲望を解放できる適合した対象に出会うと、その内面が大きな力として表出する。写真に価値を見出し、解放された人の写したものは対象が何であれ、必ず自分自身が写し込まれている。そこには自分がなりたいもの、欲しいもの、好きなもの、愛したいもの、言いたいことなどがぎっしり詰まっている。写真は自分の心象風景として欲する何かを訴えているのです。
 本書は写真を通じて自分自身とその在処を確認し、異なる他者や社会を理解することによって逞しく成長する若者の姿を生々しく映し出している。主体性を持って撮られた写真が、自分を写す鏡であることを教えてくれる好書である。
 
8、内側から見た富士通 「成果主義」の崩壊  2004.11.23読  城 繁幸 光文社
 「人のための企業」とは松下幸之助の言葉だ。これは「会社は人によって支えられ、人の幸福のためにある。社員が幸福になるためにはお客様が幸福にならなければならない。」それが企業の存在意義であると説いているのである。本書は富士通という大企業を通して人との関わりを実体験レポートしたものだが、人を尊重しない企業の行く末を暗示するものとして貴重な教訓を内包している。
 成果主義による評価の曖昧さにより社員に懐疑と不満が蔓延し、今まで会社に貢献してきた中高年がどんなに努力しても、年齢により評価の対象からはずされて当然のように無気力化すると共に、成果主義の本当の主役であったはずの若手がこの手法の矛盾点に気づいて未来に絶望感を抱き始めた。「お前なんかに評価されてたまるか。」これが中高年のみならず全社員の本音であった。
 企業の体質が日本の社会構造そのままに今でも「村社会」であり、オープンでなければ成立しない成果主義を形骸化してきた。この閉鎖的ムラ社会の象徴が人事部であり、本来自由で活発な社風の表出であるはずのイントラ掲示板でさえ、裏で管理して公正な評価をゆがめていたと著者は言う。人事部の暗躍が社員同士の信頼感を損ね、しいては愛社精神そのものも崩壊させてきたのだ。また組合とのなれ合いも公正なはずの成果主義を有名無実なものにしていた。
 企業に異なった価値観を尊重する自由で先進的な風土が根付き、社員の問題意識を真剣に受け止める危機意識があったなら著者も退社せずに改革の一翼を担えたはずであるが、もはや実態はそんな理想をはるかに超えて混乱の極みにあったのでしょう。
 成果主義も企業利益も詰まるところは人事である。人が満足せずして何の企業であるのか。「人はどんな困難な事でも、好きなことのためには労苦を惜しまない。」これはすべてに共通する理念だ。愛する人のため、愛する企業のためなら、人は誰から指示されなくても率先して行動する。
 本書は現在の企業に勤める多くのサラリーマンの苦悩を代弁していると共に、目標管理による成果主義がこの主体的な感情をなおざりにして、ただ結果のみに偏った評価に基準をおくならば、いずれ崩壊の近いことを警告している。
  

9、木に学べ    西岡 常一  小学館  2004.12.22読
 本書は法隆寺昭和の大修理、薬師寺の金堂再建など多くの古代木造建築を手がけた「最後の宮大工」西岡常一の珠玉の人生訓であり、その中の「木組みは人組み」は単なる組織論をこえて語り継ぐべき先人の貴重な遺産だ。
 木を組むということは、相反する木々の癖を十分熟知した上でそれぞれが力をあわせるように組むことである。木は南山で育った木だけではない。北山もあれば西山もある。また捩れや反りのない木は無いのだから、その癖を生かして組まなければ建物は傾いてしまう。素性が良いからといって法隆寺造営を全て南山の木でおこなったなら今日我々はその華麗な姿を見ることはできない。南側の木は南山から、西側の木は西山から切り出して使っている。まさに山にある状態で使っているからこそ1300年以上もの間存在するのだ。これが先人の知恵であり、木組みの真髄でもある。
 木を組むことはまた性格や能力の異なる人同士が協力して一つの事業を成し遂げることでもある。木が思い通りにならないときは、それは木のせいでも職人のせいでもなく、それをまとめるべき棟梁の知恵と器量のなさである。自分と異なる者を尊重し、不足するところをかばい助け合いながら皆の心を一つにまとめる。それこそが西岡が言おうとした棟梁の条件であり、「木組みは人組み」の本質なのだ。西岡は言う。もしそれができなければ棟梁を辞めよと。
 「木を組む」という成果を得るためにはまず「人の心を組む」ことから始めなければならない。西岡の教えは表面だけの組織・人事を越えた「人間中心主義」に基づいており、「人組み」が実は均一性ではなくその多様性ゆえにみごとに開花していることを証明しているのだ。


10、震度7を生き抜く   田村康二  詳伝社  2005.7.20   
 大震災はどこにいても必ずやってくる。今起こるかもしれないし1年後かも知れない。しかし多くの被害を伴って必ずやってくる。自分を守るのは自分自身の備えしかない。
 「災害時にはまず生き残る必要がある」と筆者は説く。地震時にどこにいるかによって生存の可否が決定されるが、阪神淡路大震災では死者の87%が自宅で亡くなっているので、まず住宅を安全なものにする必要がある。耐震構造はもちろん、できるなら免震構造を採用すべきだ。
通常の耐震住宅なら建物は亀裂程度でも、内部は家具や建具、ガラス、食器などがいたるところに散乱してとても住める状態ではない。
 免震住宅なら震度7を震度4以下に低減して、その後頻発する震度6程度の余震に対しても安心して住み続けられるのである。水道や電気が復旧するまで不自由な生活が続いても、家が安全であるという安心感はすべての困難に勝る。大切な退職金で新築したのに数年後に震災に遭い残ったのは借金と瓦礫の山では復興の意欲も無くなってしまう。まさに「生死を分けるのが住宅」であり、「安住の地には免震住宅が不可欠」なのである。
 本書は阪神淡路大震災と新潟中越地震の両方で震度7を体験した筆者の医師としての視点が随所に現れており、防災関係者のみならず多くの人々に読んで欲しい貴重な現場報告書となっている。 
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by kousyuusai | 2005-10-27 20:43 | トピックス

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